あゆくです。
この度のご掲載ありがとうございました。
お祈り下さった方、ありがとうございました。
病院側に説明を何度求めても、それは医師にしか出来ない、面談は6月4日に行うとしか返ってこない状況でした。応じず待てないと主張し続けたところ5月26日を提案されたため、落し所として同意しました。
26日に紹介状の作成や退院の決定がなければまた事を荒立てなくてはなりません。ですがひとまず、話がまとまり家族一同ほっとしたところです。
母は私たちを説得しなくてはと必死に頭を働かせたせいかどうなのか、喋り方がすっきりした気がします。
まだ病院・院長を信じていますが、家族よりもそちらを信じるようにさせてしまったのは私と父の至らなさのせいでもあります。辛抱強く向き合っていかなくてはなりません。
どっぺんさんに相談させて頂き、医師や病院にとって、患者の薬剤性パーキンソン症候群の発症は特別な「不名誉」と考えるような性質のものではないと教えて頂けました。そうなのかと何か拍子抜けする思いがしました。少し思い込みすぎたのかもしれません。
いわゆる抗パーキンソン薬の中には認知機能への影響を慎重に考えなければならないものがあると教えて頂き、そういった情報がありがたく、またそういう一切の説明が今回病院からは事前になかったなと改めて腹立たしくもありといった感じでした。どっぺんさんありがとうございました。
まだ解決したわけではなく、5日間は心しながら過ごしたいと思います。
ですがとりあえずの顛末のご報告と共にお礼を申させてください。ありがとうございました。
今しばらくご助力頂けると本当に嬉しいです。
2026・5・21
あゆく 様
一般論ですがご参考になさってください
結論から言うと、薬剤性パーキンソン症候群が発症したこと自体は、直ちに「関係病院の不名誉」とまでは言えません。
ただし、見逃し、説明不足、漫然投与、対応遅れがあれば、病院・主治医・薬剤部にとってはかなり厳しい評価対象になります。
薬剤性パーキンソニズムは、抗精神病薬、制吐薬、胃腸運動改善薬、一部の抗うつ薬・抗てんかん薬・カルシウム拮抗薬などで起こり得る、医学的には知られた副作用です。厚労省系の重篤副作用マニュアルでも、服薬中に「動作が遅い」「声が小さい」「表情が乏しい」「小刻み歩行」「手足が固い」などが出た場合は医師・薬剤師に相談すべき副作用として扱われています。(厚生労働省)
問題は、発症そのものではなく、発症前後の管理です。
不名誉になりにくいケースは、たとえば以下です。
副作用リスクを踏まえたうえで必要な薬を処方していた。患者の基礎疾患や年齢、既往歴を考慮していた。症状出現後に速やかに原因薬剤を疑い、減量・中止・変更・神経内科紹介などを行った。患者や家族に説明し、記録も残していた。この場合は「薬剤性副作用を適切に扱った医療」と見るべきです。
一方、病院側の不名誉、または医療安全上の問題になり得るケースはあります。
典型的には、パーキンソニズムを起こし得る薬を長期・高用量で漫然と出していた、症状が出ているのに老化や認知症や本人の性格のせいにしていた、薬剤性を疑わなかった、他院処方を含む服薬確認を怠った、転倒や嚥下障害などの二次被害が出ても対応が遅れた、説明や同意が不十分だった、という場合です。日本神経学会系の資料でも、薬剤性パーキンソニズムでは原因薬剤の中止が原則であり、他院処方を含めた服薬確認が重要だとされています。(日本神経学会)
特に抗精神病薬関連では、薬剤性パーキンソン症状が発現した場合、原則として原因薬剤の減量、重篤なら一旦中止、別薬への変更を検討するとされます。ただし精神症状との兼ね合いで、単純に中止できないこともあるため、そこは医学的判断の領域です。(日本神経精神薬理学会)
したがって、言い方としてはこうです。
「薬剤性パーキンソン症候群の発症は、既知の薬剤副作用であり、それだけで病院の不名誉とは言えない。しかし、薬剤性を疑うべき状況を見逃した、漫然と投与した、説明や経過観察を怠った、対応が遅れた場合には、医療安全上の問題であり、病院の評価を損なう事案になり得る」
さらに踏み込むなら、病院にとって本当に不名誉なのは「副作用が出たこと」ではなく、副作用を副作用として認識できなかったことです。
これは医療の失敗というより、薬剤管理・診療連携・観察力・説明責任の失敗として見られます。
実務的には、次の点を確認するとよいです。
1. 原因候補薬の名前、開始日、増量日
2. 症状が出始めた時期
3. 医師が薬剤性を疑った時点
4. 減量・中止・変更・紹介の有無
5. 患者・家族への説明記録
6. 転倒、嚥下障害、寝たきり化など二次被害の有無
7. 他院処方・薬局情報まで確認したか
この7点で、単なる不可避の副作用だったのか、病院側の管理不備だったのかがかなり見えてきます。
SO&SO
2026・5・22
あゆくさま
お母様の件お辛いですね。
微力ながらお祈りさせていただきたいと思います。
深呼吸をして落ち着いて五井先生にお任せしましょう。
お大事になさってください。
2026.5.22
夜分に失礼致します。
この度、母がパーキンソン症候群を発症しました。
初期症状の段階では診断が下せなかったのか?ともかく専門医にかかりましたが経過を見ることとなりました。
ですが症状は出続けていたため、本人がその苦痛に耐えかね希死念慮が出ました。そのため3月13日、本人による希望で日ごろ世話になっている精神科に入院しました。
入院一ヶ月めにこちらでもパーキンソン病の薬剤を服用してもらえばパーキンソン病かどうかははっきりさせられますよと提案されました。本人が同意し、家族として反対しませんでした。
2週間ほどでパーキンソン症候群だとは判明したものの、説明は本人へのみで家族への連絡はありませんでした。その他の処方や症状の説明、見込み期間なども一切家族に対してありません。
認知症初期症状のような様相が見えており、本人からの明確な伝達は望めませんでした。
入院2ヶ月めに入っても、こちらが患者本人を含めた家族全員の署名入りの書面で出来る限り早期の退院と神経内科への紹介状を希望しても、病院側は6月まで事態を引き延ばそうとします。
出来るだけ穏当にことを運ぼうと、可能な限りなどと書いてしまいました。すでに事を起こした時点で相手に喧嘩を売っているのだから、曖昧な書き方にせず日付を指定すべきでした。
おそらくですが、パーキンソン症候群には薬剤性のものがある。つまり日ごろ出していた抗うつ剤が原因の可能性があるため、母の存在そのものが病院にとっての不名誉、厄介ごとなのです。
そのことに気づかず、病院の態度に不審なものを感じつつ、母の入院するという意思を尊重し続けたのは迂闊でした。
主治医が院長であるため、病院一丸となって彼の意向を通そうとしています。
ですのでとうとう、今晩は私と父とが病院に乗りこみ即時の退院を求める事態になってしまいました。
母本人は認知機能が衰え正常な現状認識が持てず、長年付き合ってきた医師への信頼もまだあり、そのメンツを潰したくない。
なんてことをしてくれた、頼むから帰ってくれと泣きながら怒っていました。
私どもも、ここで警察沙汰などにすれば紹介状はもはや望めなくなる。決定的に母の意思、尊厳を踏み躙ることになってしまうため、やむなくいったん帰宅し、あくる朝、病院側と話し合いを持つこととなりました。
現象界の行為として、証拠の残るような馬鹿な真似はさすがにしないと思います。思いたいです。
ですが、現象界を超えたところで母は廃人にされつつあると思います。
それも母本人と私どものした事、しなかった事の積み重ねが招いた結果であることは承知しております。
今後どのような形を迎えても、そのことを受け止めて生きていく覚悟は出来ております。
それでも、どうか私と私の家族が幸せに生きていく結果に繋がりますようにと祈らずにはいられません。
どうか皆さま祈りというお力添えをください。お願いいたします。
世界人類が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
私が幸せでありますように
生きとし生けるものがみな幸せでありますように
病院の夜間窓口で待つあいだ、1匹のオオミズアオがいました。
生きているのか死んでいるのか、思わず触れて確かめると生きていて飛んでいきました。
次に見たとき、オオミズアオは蜘蛛の巣にかかっていました。母の姿と重なり、手にとって植木へ逃しました。
おそらくはメッセージだとは思います。
ですが、あのオオミズアオは私がうかつに触れたために蜘蛛の巣にかかってしまったのかもしれません。
今夜自分が家族を巻き込んでとった行動には一切の後悔はありません。
こうするしかありませんでした。
ですがあのオオミズアオが何を伝えるものか、そのことは分かりません。
五井先生が
「この状況でこそ咲く花がある
やるしかない
見ていますから」
と声をかけてくださっている気がする、それで自分を保てています。ありがとうございます。
2026・5・21
宇宙全史サイトメンテナンスのお知らせ
5月21日(木)宇宙全史サイトのメンテナンスを行います
メンテナンス時間
午前6時〜午前6時15分頃まで
メンテナンス中は 動画をご視聴いただけません
ご不便をおかけいたしますが よろしくお願いいたします
SO&SO
2026・5・15
宇宙全史の皆さま、本当にありがとうございます。
木村美保子様、お祈りいただきありがとうございます。
頂いたご返答で見る限り、今回のケースはやはり病院の不名誉なのだと思います。
母は去年の秋口から手足の震えの症状が出ており、主治医である院長にそのことを相談しております。
その際に院長が手の震えなどを観察して「パーキンソン病ではないと思いますよ」と答えて、それで終わらせてしまったのです。
大おばがパーキンソン病患者であったため、それが長期にわたる苦しい闘病生活になることを知っていた母は当然その一言をとても喜びました。
そして院長先生がそうおっしゃったから自分はパーキンソン病ではない、安静にしていれば良くなると信じて専門医にかかろうとしなかったのです。
2月25日にやっと本人の気が変わり神経内科へ受診しましたが、その時には症状の苦しさをギリギリまで耐えての「今日行きたい」という形であったため、紹介状はありませんでした。
この受診の際、パーキンソン病・パーキンソン症候群であるという診断は下されておりません。ですが紹介状があれば、診断内容やその後の経過は変わっていたかもしれません。
母のパーキンソン症候群が薬剤性のものであった場合この経過は致命的になるため、どうにか上手い形で収められないかと病院側も時間稼ぎをしているのかと思えてきました。
この経過を私と父から見れば、院長はいたずらに母の苦痛を長引かせ、正確な診断と治療を阻み続けている張本人です。
また薬剤性パーキンソン症候群だった場合、苦しみの原因そのものでもあります。
ですが抗パーキンソン薬を投与され症状が和らいだことで、母は「院長先生のおかげで楽になった」と無邪気に喜び、信頼を厚くしています。
両者の見解がまったく噛み合わず、家族間の軋轢まで生じている状況です。メール、通話、週2回15分の面会、その制限の中で話し合いはなかなか進みません。
私自身もこの先の見えない状況に疲れ果てています。
病院に殴り込みをかけるような形になったのは、母からのメールの曖昧な文章を、注意力が落ちた私が意味を取り違え、母が個室で軟禁状態になっていると思い違いをしたせいでした。被害妄想的になりすぎたと今は思います。
しかし父が私を全面的に信じて突飛な行動を共にとってくれたことは、素直に嬉しかったです。馬鹿だったなとは思いますが今もそのことに後悔はありません。
昨日は「どうして家族の言葉を信じてくれないのか」と母を責める言葉ばかりが頭に次から次へと浮かび続ける苦しい状況でした。ですが「私は母にそんなことを言いたいわけじゃないんだ。一緒に幸せに生きようと言える自分でありたいんだ」と祈りながら己に言い聞かせていました。
そしてふと「頭の中の声」が何だか変だな?と気がつきました。
私の母を責める台詞、いかにも母がこう言って返しそうだなと思い描く台詞。どれもが変に生々しく、音声を伴うような感じなのでした。
何かこれは幻聴に近いものがあるのではないか?と疑って内観すると、もっと深いところで「なんだ馬鹿野郎」でもないですが、そんな感じの知らない男の声、雑多な台詞など聞こえました。
ああ、やっぱりこれは何かおかしい。
もしかして私はずっとこれに振り回され続けてきたのではないか?と人生45年目にして初めて気づきました。
そこに気づくと少し落ち着いてきました。動作などに意識をやると声は止むようでした。
声に気づいては止めることを繰り返していたら、被害妄想的になりすぎているなと自分を俯瞰できるようになりました。
昨日、母は父から私の調子が悪いと伝えられたそうです。
そして今朝になって病院に一時帰宅を願い出たそうです。
結局病院側にそれは無理だと断られ、とにかく26日の話合いを待つことになりました。
母の帰宅は叶いませんでしたが、ともあれ母が病院側の意に反そうとしてくれたことは嬉しかったです。結局26日を待つしかないにしろ、得るものはあったとも思えます。
4日前のことですが。
病院からの面談日指定を断り、院長宛ての紹介状作成・退院を求める手紙を渡しました。その後2〜3時間、謎の胸部の苦しさがありました。
サイキックアタックって本当にあるんだなとよく実感出来ました。昨日の不調もそういうものが関係していたかもしれません。
お祈りなしではとても凌げなかったでしょうし、そもそもこの件は病院の言いなりで隠蔽されていたかもしれません。改めて、宇宙全史での学びに感謝せずにいられません。
他にも色々な意味合いで、今回の揉め事は今後世の中の見え方が変わってくる体験には違いありません。
そのための苦難なのでしょうから、ここからしか得られない学びというものを掴みたいと思います。
あと二日間で体調を整えて、場に臨みます。
2026・5・23